問2.日々我れ

すきなことをかく

例える

日誌

この間12月が始まったと思っていたのにもう、下旬である。1年は加速気味に終わりを告げようとする。

いまのべらっくすの原稿も毎日ちょっとずつ書いているのだが、やっぱりエトランゼものになっててなんかつまんないなって思っている。最近私がすごいなとおもう話の書き方は、現実でおこった事象を別のものにおきかえて話を再構成するやりかたでぬるんちょ祭りとか餅つきの話を読んだ時には唸った。前者と後者では置き換えに使った用例の類が異なっていて厳密には一緒というわけではないが面白かった。後者のような置き換えはいろんなところでちょいちょい見うけられるのだけど、とりわけ面白く読んだ。

おそらく、この面白さには直喩の力が最大限に活かされているからで、直喩というのは「AはBのような」ってやつなのだけど、このAとBのもつイメージの距離が離れているにもかかわらず、きちんと共通項を提示されると強いイメージの力を喚起するという力がうまく使われているからなのではないかと思った次第。

前者の場合は直喩が直接的に出てきているわけではないけど、実際の事象とぬるんちょへの結びつけ方(説明のされ方)は直喩の作用ぽい。個人的な見解でまだ言語化するための水面をやぶってないからとりあえずいったんここでおわり。

こういう話に興味がある方は以下をおすすめします。イチオシはレトリック感覚。

レトリック感覚 (講談社学術文庫) 佐藤信夫

レトリック認識 (講談社学術文庫) 佐藤信夫

メタファー思考 (講談社現代新書) 瀬戸賢一

それからこのエトランゼ étranger(語頭はアクサンテギュ付きe) は実際の発音としては エトホンジェ みたいになると思うし、字面だけみるとちょっと間抜けだけど、エトランゼみたいにベタッとした発音でなくて、もっとやわらかみを帯びたきれいな音のはずだ。
フランス語の r はら行ではなく、よくうがいをする時の音と説明され、そうきくと正直きたないなと思ってしまうが、私はこの音がすごく好きだ。フランス語は基本的に(愛を囁くための言語なので)やわらかい音が多いように思われるが、r は空気を含んだ布のようなやわらかさだと思う。

だから仏単で r をら行で読まれるとその都度私は心のなかで訂正している。

atuihiga tudukanakutemo okaradani okiotukete chihoutosiyori (c)Imada_Natsuki