問2.日々我れ

すきなことをかく

略する

日誌

直喩の話について前回のエントリで書いたが、私は一つ失念していた。アナロジー(類推)のことを忘れていた。
餅つきの話はおそらくアナロジー+直喩として考えるといいんじゃないか、と思う。類推はAに似たCを持ち出すことによってAについて思考を巡らす(問題解決する)ということであるが、距離感が一見遠いように思われるCを持ちだし可能とするのは、「AはCのようだ」という直喩のプロセスを経ているからではないか。そうだそうにちがいない、いよっ、大統領。

なんでアナロジーのことを思い出したかというと、先立っての選挙で若手候補者(30後半)が「詰め込み教育を止め、考える力を」ということを訴えていたのを思い出したからで、その定型文自体が思考放棄そのものではないかとも思うが、偉大な思考の先人たちは必ず豊穣な知識を持っているわけで、ここからは以下定型文。

むしろ最近のはやりは生きていく力だとも思うが、力にもいろいろあるわけで、以下定型文。

それでここでいう力とはパワーではなくアビリティのことだと書きながらようやくわかってきた。アビリティに関してもオールラウンダーかスペシャリティで話は変わってくるし、それがパーソナリティーに依拠するものか否かでも議論はわかれるであろう。トリビアルなトピックスはエンドレスで(ry

atuihiga tudukanakutemo okaradani okiotukete chihoutosiyori (c)Imada_Natsuki