問2.日々我れ

すきなことをかく

方向変換しない

方向転換しなければこうなる。

「贈り物」

12月25日(金)

ばああ、ばああと怪獣は鳴き声をあげています。姿はまるで口の短いワニ。私はただ困惑するしかありません。ばああ。

「どこからきたの」

――ばああ。

「誰かに捨てられた?」

――ばああ。

「おなかすいた?」

ばああ?

「Are you hungry?」

――ばあああ。

それにしても私はむしろ落ち着いた気持ちで、鶏のササミを与えてやるのでした。

 つい1週間前、同棲していた彼女が出て行った。その前夜、彼女から付き合って3回目のクリスマスについての打診をうけながら、児玉はみかんを食べていた。いろいろなプランを提示しながら彼女はいつになくスカイツリーへ行きたがった、高所恐怖症なのに。

児玉がそのことを指摘しみかんを食べ終える頃には、スカイツリーの話はおろかクリスマスについてもうやむやになってしまった。彼女はうんざりしたような表情で、サンタクロースはいないのねと言った。

彼女から出て行ってからも、児玉の生活はたいして変わりなかった。これまで一人で暮らした時間のほうが長かったし、それに一度だけ彼女のことを見かけた、帰宅途中に家から一番近いコンビニで。どこか険しい顔をした彼女はでっかいスーツケースを持っており、いつの間にそんなものを用意したのか、児玉はコンビニに寄るのは諦めて家へ帰り着いた。

12月30日

ばああ、ばああと怪獣は鳴き声をあげています。これまでわかってきたのは、この怪獣が騒ぎ出すのはお腹が空いているからで、そういうときは鶏のササミを与えればよいということです。

怪獣はからだをぶるぶる震わせて、そのたびに鱗におおわれたしっぽは上下に動きます。

――今日は国産ブロイラー

ばあ。

――おまえに味の違いがわかればなぁ

ばっばっばあ。

――アメリカにいったことある?

ばあ?

――はは、あるわけないか

怪獣は動じることなくササミを飲み込んでゆきます。怪獣にもそろそろ名前が必要かもしれません。

 今朝の出社直前、年内仕事納めだというのにだというのに児玉は靴下が見つからなくて右往左往していた。目を凝らしてようやくクローゼットの暗がりから目当てのものを見つけたが、そこにはもうひとつ同化しているものがあった。ノート、とわざわざつぶやいて児玉はそれを拾い上げたが、差し迫った現状を思い出して、あわてて家を飛び出した。

1月2日(土)

今日は初詣に出かけました。おみくじは吉でした。去年は、去年はもっと悪かったたぶん。

ガジューはポケットに入れていきました。でも行って帰るまで目をさますことはありませんでした。きっと寒かったのでしょう、たぶん。

 いよいよ去年が終わって、今年になってしまったと児玉は思う。テレビではおめでたくて間延びした実況中継が延々とつづいている。児玉は机の上にあるみかんに手を伸ばした、が掴んだのはみかんの形をとどめた皮で、気だるげにたちあがってキッチンに向かうも、冷蔵庫にもストックはなくなってしまっていた。しかたなく近所の八百屋にでかけることにした。

だがもちろん八百屋は休みだった。児玉は自分の浅はかさに苛立ちを覚えつつ、来た道を帰ろうとしたが、ふとたくさんののぼり旗に気がつき、そちらのほうへ足を向けた。

そこは地元の小さな神社で、少しの遊具でいっぱいいっぱいになってしまう公園ほどの大きさであったが、大勢の初詣客でにぎわっていた。

去年もここへきたような気がしているが児玉はうまく思い出せなかった。

縁起担ぎにおみくじをひいてみたが小吉だった。児玉は出店でりんご飴を買って家に帰った。

3月28日

ガジューはときどきあくびをします。いつも、少し恥じらいをもってきゅっと口を結ぶのですが、次第に口元は緩み、ポテトチップスの袋を開ける時のように斜めにスライドします。

そうすると細やかな歯が、決して人を傷つけることのない歯が姿を見せ、ふあうあうわと柔らかな声をあげるのです。

あくびをするとそのまま背中をかきむしります、ガジューにとってあくびは、体内の老廃物の排出が目的ですから、あくびによって刺激された老廃物は背中にあつまり、かきむしることで蒸発してゆきます。

6月5日

いよいよガジューが大きくなってきました。かつて手のひらサイズだったガジューはいまや1メートルほどになってしまい、というのも猫缶を与え始めたこの一週間ほどで倍になってしまったのですが、おそらく猫缶にはなにか成長を促進させるなにかがあったに違いありません。アプリに保存されている写真を見ればさらにその違いがわかるでしょう。ガジューの秘めやかだった鳴き声は鶏ほどになり、くりくりの目はこぼれ落ちそうなほど飛び出しています。

鏡を見ながらガジューは不安げに唸り声をあげはじめました。

 

児玉があのノートのことを思い出したのは、つい最近、ノートをみつけてから半年はたってのことだ。ノートを思い出したのは、また靴下が見つからなかったからで、そして児玉は靴下よりも先にノートを発見した。

8月19日

このところの暑さでガジューは元気がありません。ガジューの最近のお気に入りはトイレの便器で、あの複雑な曲面のひんやりしたところを常に求めて目をとろんとさせています。

 児玉は適当に開いたページを読んだ。どこかで見覚えのある筆跡から記憶をたどり、しばらくして、1年以上前にこの家を出た彼女のことを思い出した。少し丸みをおびた濃い目の文字。それからまた児玉はページをめくる。

10月31日

ガジュー。まるで口の短いワニ。出会った頃のあなたはどこへ行ってしまったのでしょうか。あなたが昔の心を取り戻すのは私がほんとうに、ほんとうに心を痛めてあなたを見つめるときだけで、ねぇ、あなたをひとりぼっちにすると、家の中はもうめちゃくちゃです。だからあなたは気づかれてはいけないのよ。

 10月。そういえば一度家がめちゃくちゃになっていたな。でもあれは地震のせいだった。

11月28日

限界です。もしかしたら気がつかれたかも。多分見られたしお隣さんから聞かれた。ガジュー、ベランダでもういっしょに星見れなくなった。

 児玉はここにきてようやく、一番最初のページから読み返す。それは予感としかいいようのないじわっと広がる嫌な気持ち、を抑えながら、そしてようやく最後のページを読む。

12/18

おまえのせいだ。あしたうちをでる。スーツケースなんかでごめん。

 児玉は、ノートを閉じるとわきあがる安堵感に浸りながら、テーブルの上のみかんに手を伸ばす。ピンポーン。間の抜けた音に手を止め、玄関の方に目をやる。それから安堵感がさらさらと立ち去っていくのを無視しながらのそりと立ち上がり、短い廊下を通ってドアを開けると、そこにはでっかいでっかいスーツケースひとつ、寒さに震えているかのように残されていた。

 

 

atuihiga tudukanakutemo okaradani okiotukete chihoutosiyori (c)Imada_Natsuki