問2.日々我れ

すきなことをかく

桜の咲く季節にわたしは噛むということ――のべらっくす【第6回】短編小説の集い

novelcluster.hatenablog.jp

久しぶりの参加です。よろしくお願いいたします。

 

「桜の咲く季節にわたしが噛むということ」

ところでみなさん、人間は噛むという行為によって愛情を表現します。耳たぶ、鎖骨、肩甲骨。これらの部位は噛まれるのに適した形をしていて、人さし指なんかよりももっと、 もっと滑らかで確実です。しかしあまりの滑らかさに水滴が滴り落ちてしまうのではないかと不安にさえなってしまうのですが、そこは非常にうまく出来ていて、たとえ水滴が滴り落ち てしまっても、別のくぼみにうまくおさまるようになっているのです(それらはたいてい、人体構造の不思議としてひとくくりにされてしまうのですが)。

一方、ハムスターは愛情を表現するために噛むようなことはしません。
例えば駅前三丁目のさくらさん、ご想像のとおりの桜の季節の生まれです、はひまわりの種が大好きですが、人間によってその摂取は制限されていて、もちろん人間は決して意地悪をしているのではありません。さくらさんの健康を考えてのことなのです。
しかしさくらさんにとっては関係のないこと、さくらさんは年がら年中ひまわりの種のことを考えている。それは人間が桜はいつ咲くか、毎年毎年大騒ぎするよりももっと理知的なこと。
というわけで自分の名前の由来である桜のことに思いを馳せたことなんて一度だってないさくらさんではありますが、運命、出会いはいつも突然です。

ある日のことでした。外では人間たちが宴を催していたほどのあたたかな陽気に誘われて、この時間帯であればいつもは熟睡を享受している、もちろんさくらさんが惰眠をむさぼるようなことはありません、さくらさんが簡易的な巣箱から這い出したところ、餌皿にはたくさんのひまわりの種が盛られており、さくらさんが経験と習慣によって構成された小さな脳みそで考えついたのは、どうやらさくらさんについて無知な人間がしでかしたことらしい、しめしめしめしめ、たんといただいてやるか。

さくらさんはひまわりの種を掃除機のように吸い込み始めました。それはダイソンよりもはるかに強力な吸引力、目にも留まらぬスピードで種を頬袋におさめていきます。おそらくみなさん、ハムスターの頬袋ついてはある程度ご存知かもしれませんね。ですが、ハムスターの頬袋はその想像を軽く凌駕した所に存在 しているのです。すなわちこの「ブラックホール」は銀河体系3個分をとりこみます。
ですから、さくらさんはあっという間にひまわりの種をとどこおりなくとりおさめ、さくらさんの顔は通常の2倍、そして頬袋というものは体にそうようにできていますから、僧帽筋が鍛えぬかれた格闘家のごとく、筋骨隆々ならぬ種々ゴツゴツなフォルムを、本来であればほっそりしているからだにまとうことになるのでした。

そして、ハムスターが頬袋を最大限活用することは広く知られていることですが、実はその後こそが重要です。
ハムスターというのは頬袋につめこんだあと、それらをきちんと自宅へ持ち帰ります。目にも止まらぬはやさで何一つ落とすこと無い運び屋のプロフェッショナ ルと化すのです。子猫を運ぶ母猫よりも素早く慎重に、丁寧で優しく巣箱へ持ち帰ります。そして頬袋に手を当て、決して前足ではありません、手です、ぐっとさするように種を吐き出してきます。ボロロロロロロン、ボロロロロ、ボロロン。うっとりした目つきでさくらさんは一つ残らず丁寧に種を押し出します。

窓から吹き込む風は冷ややかさに優しい太陽光のにおいをまといながら、花びらを連れ去ってしまうのと同じ手つきで、さくらさんの体毛をひたすらになでてゆきます。

快楽にも似た何か、さくらさんは誰よりもこのひとときを愛しているのでした。

 

ところがです。

 

いやーんもう、あげちゃダメっていってるでしょうおとうさん!ねえ聞いてる?寝るなら自分の布団で寝てよ!帰ってくるなりほんと酔っ払いがー

 

さくらさんは突然の大きな音に身を固くしました。種を吐き出し終えたさくらさんはさあ!いざゆかん!と気合を入れ、ひまわりの種をその桜色の可愛い手、もしお時間があれば確認していただきたいのですが、ハムスターの手のひらというのは突起状のものがいくつかついていて、しかもそれはゴールデンによくみられるのもののようです、に取って第二の快楽、みなまでいいますまい、ひまわりの種にかじりついたときのことでした。

その音はあまりにも大きかったものですから、さくらさんの両手からは種が、すとん、とすべり落ちてしまいました。

そしてこうこうと照らす蛍光灯の光が遮られ、実はさくらさんは太陽と蛍光灯の違いがあまりわからないのですが、大きな、それは大きな円盤がゆっくり降りてくるのでした。そしてさくらさんめがけてうねるような動きを見せてくるのです。

さくらさんは死を覚悟しました。生まれて初めての経験でした。

なむさん。

しかしこれで終わるさくらさんではありません。このまま引き下がっては駅前のさくら、ハム界の重鎮として沽券にかかわります。

一世一代の大勝負、さくらさんは一度地面に伏せると、そのすばらしい跳躍力を持って、ええもちろんハムスターというのは本来的に素晴らしい跳躍力を備えているものなのです、せまりくる脅威に飛びかかりました!

 

いたっ!!!!

 

ただただ夢中だったので少し長く噛みすぎてしまったようでした、さくらさんはケージの壁に体をぶつけられ、その衝撃で頭がクラクラ、軽やかな軌道を描いて投げ出されたさくらさん、体もなんだかいうことを聞きません。

なむさん。

うららかな春の日差しによってあたためられたケージの中でひとり、さくらさんはやすらかな気持ちで眠りに落ちるのでした。

 

さくらさんが目を覚ました次の時には夕暮れ、春の匂いだけしっかり残して、外の宴も一段落ついた頃。山のようなひまわりの種は跡形もなく消え失せていて、さくらさんはきっと、夢でも見ていたようでした。

 

そういうわけでさくらさんのケージからは、窓の外に咲く満開の桜が見えます。そうです、いつのまにか、誕生日です。

 

追記

このあいだ我が家のハムスターが早朝に脱走しました。

歌野晶午は未読です。ミステリから遠ざかって久しいこんにち。

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

 

 お題「桜の季節」が無理やりねじ込んだ感じになってしまって、趣旨に沿ってない気がしてきました。楽しんでいただければ幸いです。

atuihiga tudukanakutemo okaradani okiotukete chihoutosiyori (c)Imada_Natsuki